変化


さて、ドイツ生活も2ヶ月目に入ると、次のことを考えなくてはいけなくなってくる。

というのも、語学学校もホームステイも今月で終わってしまうので、「来月以降の住まいの確保」と「アルバイト」を探さなくてはいけない?????????i?????U?????j

私は当初、語学学校側が何かしら情報を持っているもんだと思っていたが、その期待は裏切られ、すべては、自分で切り開いていくしかないようだった。

ここから、『魔の2ヶ月』が始まる、、、

もう一つ変化があったといえば、語学学校のクラスが変わったことだ。不満だらけのクラスから、レベルの高いクラスに移された、、、

やっと、解放されたと思った。が、、、

移されたクラスは、馬鹿みたいにレベルの高いクラス、、、

『おそらくドイツ語をしゃべってるだろう』

ぐらいしか分からない?????[???i???j

結局、そこのクラスは1時間30分でサヨウナラ???i?p?[?j
その後、ちょうどいいレベルのクラスに移り落ち着いた。

ホームシック


 ドイツに来たころから、1,2週間私は良く眠るようになっていた。

すご〜く情けない話だが、これは、ホームシックからくるものだった。


『夢の中でなら、日本に居られる』



・・・そう、現実逃避だ?????[???i???j

まさか、自分がここまでホームシックにかかるとは、、、

そう、最初の1,2週間は語学学校から帰ったら、早めに就寝し、日本の夢を見る。朝、目が覚める。

『やっぱり、夢かぁ』

自分が今ドイツにいることを再認識し、さびしい気持ちになる。
そんな暮らしだった。


ただ、それも1ヶ月を過ぎたあたりから逆になる。
1日を少しでも楽しみたいと思えるようになり、夜遅くまでドイツ語の勉強をし、日本の夢を見た朝は、

『良かった、日本に居るのが夢で』

自分が今ドイツにいることに喜びを覚える。

 もう、日本には帰りたくないぁ

口座をつくる〜IN ドイツ(2)


 「ただ口座を作るだけなのに、語学力がそんなに大事なのかexclamation&question

 大事らしい・・・
というのも、もし何かトラブルがあったときに話が出来なければいけないから、英語かドイツ語ができなくてはいけない、ということなのだ。

銀行に着き、小部屋に通される。
私と、銀行側の人が2人、部屋には、3人だけ。

最初は名前、国籍など簡単なことをドイツ語で聞かれる。
話は、どんどん進んでいく、、、
内容は口座の細かい説明、プラン、お金の使い道などなど、、、

ハッキリ言おう。
何言ってるのかぜんぜんわからなかった?????[???i???j

ただ、それを表に出さないように、適当なところでうなずき、時には、わざと首をかしげてみたり、、、

時間にしては15分ぐらい。
すご〜く長く感じたが、何とか口座開設に成功exclamation?~2

大きな不安材料が一つなくなった?O?b?h?i???????????j
タグ:口座

口座をつくる〜IN ドイツ(1)


 一ヶ月が過ぎ、そろそろお金が尽きようとしていた、、、
いや、ドイツに来るにあたってお金は十分貯めてきた。ただ、そのほとんどが日本にあった。
 そう、こっちの銀行に『口座』をつくらなくてはいけない。

当初は、口座なんて簡単につくれる、と思っていた。

ただ、周りの話を聞くと、どうやら、『あれ』が必要らしく、当然といえば、そうなのかもしれないが、、、そこまでとは予想外だった???????i?????j

事実、私の周りの日本人には『あれ』がないために、一人では口座をつくれないという人もいた。

でも、口座を作らなくては、日本からお金を送ってもらえず、生きていけない?????[???i???j

私はまず銀行に直接行き、何とか次の日のアポイントをとることに成功した。(むこうでは、口座を作るときにアポイントをとるのが普通だそうです。)

私は、不十分ではあったが、いくらかは『あれ』があった。

次の日学校が終わると、住民票パスポート、そしてわずかな『あれ』とともにドキドキしながら銀行に向かった?_?b?V???i?????o???????j

出来る限り、『あれ』があると思わせなくてはいけない。

『あれ』とは、、、、


『語学力』????????

だ。
タグ:口座

高すぎる


ホームステイの話をもう少し・・・

最初に連れて行ってもらったのは、確か【ゲーテタワー】と呼ばれてたところだったかな。昔、ゲーテが建てたとか。
とにかく、かなり高かった、、、
そして怖かった、、、
しかも、むきだしの木で出来ていて、階段の隙間から下の地面が見えるという、結構デンジャラスなつくり?????[???i???j

そこをホストファザーと一緒に上っていく。
半分ぐらいまで上った時、私は手すりに必死でつかまりながら、中腰になっていた。
何度引き返そうかと思ったか、、、
でも、それも怖い?????[???i???j

何とか、てっぺんまで上りきる。そのときの景色はすばらしかった?????????i?V?????j
でも、海が見えたらもっといい景色だったのになぁ

残念なことに、ドイツは陸で囲まれているため、海は見えない、、、



もう、2度と上ることはないだろう、、、
タグ:ゲーテ

すばらしきホームステイ


さて、語学学校の話はおいといて、今度はホームステイの話を少し・・・

 まず、家は閑静な住宅街に位置し、3階建て+地下一階、庭にはそれほどまで大きくないにしろプールがついていて、非常に快適な生活だった。
トイレやバスもきれいだし、部屋には、それぞれ、テレビパソコンがついてあった。なにより、ホストファミリーがすごく親切だった。
 休日の天気のいい日には、みんなで庭で朝ごはんを食べ、時には、車で遠出をしたり、ピクニックに行ったり、晩御飯を食べにいったりすることもあった。



今こうしてあらためて思いだすと、夢のような話に思えてしまう。

他にホームステイしている人に聞くと、これほどの境遇は珍しいのだという・・・
もちろん、すごくいい意味で。


それなのに・・・
私は、初日に部屋のパソコンを壊してしまった

 このときも、笑顔で許してくれた。
ありがとう、そして、ゴメンナサイ・・・  

願いかなわず・・・


 暑い日が続く・・・ 
 この年は春はすごく暑く、夏は涼しい、というより寒いという異常気象だった。

それから、何日かして授業に我慢ができなくなった私たちの怒りは頂点に達した。
授業の終わりに直接、その先生に抗議した。先生はわかった様子で明日からは、授業では英語を使わないと約束してくれた。
・・・2日もしたら、授業は元通り。

私たちの願いは、「クラスを変えて欲しい」に変わった。
元々、日本で語学学校を手配する際に、クラスはいつでも変えられる、という説明を受けていた。が、
・・・結局、願いかなわず、語学学校での1ヶ月はこんな調子で過ぎてゆく・・・
最初の一ヶ月、ホントに学校は退屈だった・・
タグ:授業

不満


 その日の授業が終わると同時に、私と同様にいらだっている様子の日本人の女性と不満をぶつけあう。

ドイツにまで来てこの授業はないだろ!」
「授業料がもったいない!」

 彼女は英語はほぼ完璧に話すことができ、ドイツ語は日本で文法的など基本的なことはマスターしていた。
彼女はドイツで働くことを視野に入れて来ていて(実際、その後見事に希望の職についた)、そのため、言語に対する向上心というのは、私より強かった。

 他のクラスの日本人に話を聞くと、どうやら、私たちのクラスだけが特別のようだ。

とりあえず、その日はもう少しだけ様子を見ようということで落ち着き、帰りには、念願のブラートブルストを食べ、家路に着く。

家では、ドイツ語の勉強ぐらいしかすることがなく、なれない生活の疲れからか、すぐに寝てしまった。

そのときは、単に疲れているからだ、と思っていた、、、
タグ:語学学校

授業


次の日から、語学学校の授業が本格的に始まった、、、
といっても、授業の内容は私の予想をはるかに裏切った。

「会話中心のドイツ語だけが飛び交うような授業」

こんな授業を想像していた。
「最初はうまく聞き取れなくても、その中で考え、しゃべろうと努力する中で成長していける、しゃべれるようになる」
と、、、

授業は、まず、プリントを渡された。それはテキストのコピーで、内容は日本ででも勉強できるような、自己紹介の仕方や、アルファベットの発音に関するようなものだった。

3年間日本で勉強していた私にとって、これは・・・
ただ、初心者コースなのだから仕方ない、まずは様子を見ようと周りの4人の他の生徒のようにふるまう。

授業は進む、、、
もう一つ、耐えられないことがあった。
それは、
授業の9割近くが英語で進められたこと
だった。

私は、英語が全くといっていいほど分からなかった。

そして、この状況にいらだつ人間がもう一人いた。
タグ:授業

遠足


「このバスでいいんだよなぁ」
不安に思いながらも、バスに乗り込む。
20分、30分しても目的のバス停に着かない。朝マザーから渡された、降りるバス停の名前が書かれた紙に目をやる。その間も、バスはどんどん身軽になっていく、、、

「もしかして、途中で見落としたのか」

一時間・・・ついにバスには、私と運転手2人だけになり、終点へ。

運転手にその紙を見せながら、つたないドイツ語でここに行きたいのだと言うと、運転手は私からその紙を取り上げ、じっとそれを見つめると少し機嫌が悪そうな様子で、何かを私にしゃべっている。
どうやら、逆方向のバスに乗ってしまったようで、少ししたらこのバスは折り返すから、このまま待っていろと言っているようだった。

その日は気温が高く、車内もまた暑く????、運転手は外で水を飲んで休んでいる。私も外に出たかったが、そこから動かずにいた。

数分後、バスは動き始める。乗客を乗せながら、まずは、1時間かけてバスに乗った場所に戻る。そして、ここから、およそ20分、、、ようやく、朝と同じ景色に出会うことができた。

確信を持ってバスをおり、運転手に笑顔で手を振り、家路に着く。

・・・長い遠足だった

この遠足のことを、マザーに話すと

、、、笑われた?????[???i???j

N子に話した

、、、不思議な顔をされた?L

明日の目標は、「ブラートブルスト」と「遠足をしないこと」だ。
タグ:遠足

ブラートブルスト


さて、昼飯を食べよう。
ドイツといえば、ソーセージ
ドイツでは、焼いたあつあつのソーセージを小さい円形の固めのパンにはさんで食べるのが一つ名物でそれを、「ブラートブルスト」という。

ドイツで最初の昼飯はこれしかないと、日本から考えていた私はそれを探す。とりあえず、町の中心地「ハウプトバッヘ」へ・・・

駅から出ると、都会の雰囲気。人がたくさんいる。そうはいっても、東京ほどではないのだが。ただ、電車やバスに乗っているときから感じていたが、周りが外国人だらけというのはなんというか・・・別世界のようだ。

とりあえず、通りをぶらぶらしながら、ブラートブルストをさがす。といっても、そういう店は待ちのいたるところにあるのだが、なかなか、買いにいく勇気が出ない。
結局、そのまま何も買わずにスーパーへ、、、情けない、、、
スーパーで、飲み物とパンを持ち若干緊張しながら、レジへ。
店員が「ハロー」とこちらに声をかける。(ドイツでは、レジであいさつをするのが普通なのだ。)
ぎこちなく「ハロー」とかえす。そして、金額がドイツ語で言われる。まったく聞き取れず、大きめにお金を渡す。そして、去り際に「チュース」(これも、あいさつ。「さよなら」の意味)

明日こそは、ブラートブルストを買おうと決意し、帰りのバスに乗る。


・・・バス停を間違えた・・・

語学学校初日


次の日、朝6時ごろ目がさめ、少しどきどきしながら、部屋のドアを開け階段を降り居間へ下りていくと、マザー(お母さん)が「Morgen!(おはよう)」と出てきて、持っている紙をこちらに見せながら、ドイツ語で何かを説明している。どうやら、家から、語学学校まで行くには、バスと電車を使わなくてはならないようで、その定期を買いに行かなくてはならないようだ・・・100ユーロ(約1万6千円)ぐらいするという。「えっ、そんなに・・・」
まさか、ドイツに着いた次の日の朝いちに、そんなお金が必要になるとは思いもよらず、焦った。というのも、お金は手元にあるにはあったのだが、それは日本円ばかりでほとんど換金していなかったから、ユーロはわずかしかもっていなかった。
部屋に戻り、何とかお金が足りたことにホッとし、それを持って、マザーと一緒に車で、キオスクへ行って定期を買って戻る。
そのころには、同居人のN子も起きていて、いっしょに朝食をとる。

パン、ベーコンチーズ、卵、ヨーグルトジュースコーヒー・・・

ドイツの朝食は、味気なく質素だと聞いていたのだが、思っていたよりもしっかりとしていた。
食べ終わると、準備をし語学学校へ・・・
路上バスに乗り20分、その後電車、地下鉄で30分。
初の語学学校、外人だらけで、、、日本人もたくさんいた。
もう日本人がいても驚くことじゃないんだな、と思い中へ進んでいく。
ドイツ語は独学で3年ほど勉強していたが、最初ということで一番レベルの低いクラスからスタート。教室に入ると、もうみんなそろっていた。5人の少人数。日本人の女性もいた。
授業は自己紹介などを中心に行われ、午前中で終了。
さて、これからどうしよう
タグ:学校

ホームステイ先着


空港から、車でまずは語学学校の寮へ向かう。そこで、彼女をおろし、いよいよホームステイ先へ・・・フランクフルトから隣町のオッフェンバッハへ・・・「あれ、こんなに遠いの」と思いながら、車は目的地に着く。これから、2ヶ月お世話になる家を前に少し緊張しながら、玄関を見つめていると、中から大柄な女性が出てきた。「Hallo!」と言ってがっちり握手を交わす。この女性が、この家の奥さんで家の中を見ると、3人がこちらを見ている。家族のようだ。父親は、仕事で今日はいないと言うことで、左から順番に兄の「パドリック」、妹の「メンディ」とドイツ語で自己紹介し、最後に「N子です」・・・日本語だった。まさか、ここにも日本人が・・・
彼女は、一ヶ月前から、ここにホームステイしていて、年も自分と1つしか違わないと言うことだった。また、彼女はドイツ語が堪能だった。
でも、そのときはそんなことはどうでも良かった。と言うのも、時差ぼけで頭がボーっとしていて、ゆっくりしたかったからだ。
そのあと、これから2ヶ月貸していただける部屋に案内され、荷物を全部おろし、一息・・・このとき、時間は18時ごろだった。
それから、ご飯をご馳走になり、一眠り????(????)
起きて、外を見てもまだ明るい????
「あれ、まだ夜じゃないのか」と思って、時計に目をやると針は21時ごろを指している。
日が長いとは聞いていたけど、実際その中に身をおくと妙な感覚だった。

ワーキングホリデー〜ドイツ着〜


東京から何十時間も飛行機の中で過ごし、まだかまだかと思っていると、やっとあと2時間で着くという機内アナウンスが(ドイツ語やら英語やらで何言ってるかはわかんなかったけど、周りの人の動きで)
とうとうか、と思ったら、急に怖くなってきた・・・
初めての海外、知ってる人は誰もいない、周りは外国人だらけ、言葉も通じない...
その2時間はたぶん人生の中で1番短い2時間だったと思う。いろいろ考えたし、不安でたまらなかった。
でも、着いた途端、その不安が全部なくなって、これからの生活が楽しみになってきた。ロビーに出ると、名前の書いたプラカードを下げた外国人のおじさんが立っていた。どうやら、この人が語学学校からのお迎えの人らしい。その人と、ぎこちないドイツ語で挨拶をする。初めて、外国人とドイツ語で話をした(挨拶だけだけど)ことに感動していると、もう1人私と同じ便で着ている人がいて、その人が少し遅れて私たちのところへやってきた。彼女は、英語が堪能でドイツ語も話せた。
ただ一番驚いたのは、彼女が日本人だったこと・・・
まさか、こんなに早く日本人と会うことになるとは思いもしなかったし、そこで少し安心感を覚えてしまった自分がいやだった。

ワーキングホリデーとは


大学卒業後、私はドイツに1年間の予定でワーキングホリデーをしました。と、そのまえに、そもそもワーキングホリデーって何?というところからはじめましょう。
ワーキングホリデーとは、国の間で若い人の交流を深めようというのが目的で、最長で1年間、海外生活ができて、しかも、その間の滞在資金を補うために働くことができるのです。1番の特徴は、働けるということです。 現在、ワーキングホリデー(以下、ワーホリ)ができる国は、オーストリア、イギリス、ニュージーランド、カナダフランス、ドイツ、韓国、アイルランド、デンマークといったところです。

ビザの条件、申請方法などは国によってそれぞれ違って、ドイツの場合についてだけここで簡単に紹介すると、条件は、(1)18から30才までの日本人(2)1年分の生活費(約2000ユーロ、日本円で30万円ぐらい)があることが証明できるもの(本人名義の通帳など)(3)働けるのは90日間以内
といったとこです。

つまり、お金の問題さえクリアすれば比較的簡単にビザが取れてしまうのです。お金のついても、言ってしまえば、一時的に通帳にそれぐらいのお金を入れておけばいいので、実際はそんなに大きな問題にはならないですし・・・

だいたい、これがワーキングホリデーの大枠です。